昨年は冷たい雨の降りしきる日であったが、今年は昨日の寒風の名残も午前中で取れ、午後からは、暖かい春の日になった。
会場の「割烹 安兵衛」に30分前に到着したが、座敷にはすでに8名の先客が着座しておられた。今回は座敷の真ん中に1列にテーブルが並べられている。
会費を支払い資料を受け取り、指定された席に座ると、右前に「日本酒の会」のメンバーたちこま氏とY熊氏の姿が目に入る。右には、和服姿の男性と女性、左前方にも和服の女性が一人、日本酒に和服、当然の事ながら良いものである。この会は拘りの人が多い。
資料を見ると、昨年と違いマッチングとかブラインド評価は行われ無い様である。
「安兵衛で日本のお酒を楽しむ会」は、今回で10回目であり、主催者の渡邊店主は気合いが入っている。お遊びは避け、ひたすら天下の美酒と春の春菜、酒肴に徹しようとの趣向のようである。「ウコンの力」を飲んで参加するようにとのアナウンスも冗談では無かったのである。
されば、その華麗なる垂涎の酒肴について報告しなければならない。
【肴】
今日のお品書きは、以下の通りである。
安兵衛は割烹である。その料理には、文字と写真では伝え切れないものがある。
切れないものを伝えようとする儚い試みではある。
- 前菜
- 鱈白子
まったりとしたクリーミイな白子であるが、ぷりぷりと丸みがあり、新鮮な物のみの食感がある。新鮮でないと感じる後味のえぐみが全くない。
安兵衛は日比野の名古屋市中央卸売市場の隣にある。魚には地の利がある。
- 菜の花胡麻和え
菜の花は見て良し、食して良し、搾って良しの三冠王である。
お浸しも良いが、胡麻和えも美味しい春の菜だ。
- もずくゼリー寄せ
見たところ蒟蒻かと思ったが、箸でつまんだ感触が違う。品書きを見るともずくである。落ちないように箸で持ち上げることが難しい弾性である。
酢の物のもずくとは異なる、あっさりとした軽い世界である。言われなければ、もずくとも海草とも判断が付かないかも知れない。
- 御造り
- 天然ワラサ、大葉、浅葱、山葵、わかめ
品書きをみるとワラサと書いてある。一瞬、サワラと読み間違え、鰤のような白い脂身が思い出されたが、見たところはハマチである。
鰤は出世魚である。関東表現では、鰤の前をワラサと呼ぶらしい。
関東表現 ワカシ → イナダ → ワラサ → 鰤(ブリ)
関西表現 ツバス → ハマチ → メジロ → 鰤(ブリ)
を前提にすると、安兵衛さんは関東系だろうか。
鰤御三家にはカンパチ(間八)、ヒラマサ(平鰤)なんてのもいるし。
切り身で判断が付けば魚屋になれる。魚は素人には難しい。
昨年の鰤のしゃぶしゃぶの贅沢が心に浮かんだが、刺身でいただくなら、鰤よりわらさである。
- 吸物
- ワラサ粕汁
これの拘りは、粕のブレンドにあるとの店主の説明があったが、若竹の粕ともう一つが何だったか、酒を利くのに精一杯で書き漏らした。
アラの粕汁にありがちな生臭さが全くなかったのはこのブレンドされた粕の所為なのか下処理の所為なのか。
- 箸休
箸休という名が相応しくない、休んでいられない面白さが有ったのは、いただいた誰もが認めるところであろう。
- 醤油豆の白葱添え
(左が醤油豆 右下があんきもパテ)
見たところ煮豆のようだが、口に運ぶとワインのようなフルーティな香りと発酵した味わいがある。大徳寺納豆または浜納豆をワインにつけ込んだ物かと思った。
店主の説明では、長野県の郷土食だそうで、袋入りのものが市販されているとのことである。封を切って4、5日すると風味が落ちてしまうので、開封したらすぐにいただくのが美味しくいただく秘訣とのこと。
日本酒のおつまみリストに加えるべき物である。
- あんきもパテ、サラダ
みたところ関西味噌のように見えるが、鮟鱇の肝を茹で、裏漉しして、味醂、味噌、醤油、お酒等各種調味料を加え、練りあげた物だそうである。これを、野菜に付けて食べる趣向である。
酒を利いている間に、我がテーブルの人達は、箸休めに休むことなく進んでおられたようで、気付くと野菜の皿盛りがあらかた空になっていた。やむなく越境して、右隣の野菜をいただくことした。胡瓜にパテを付けて食べると、パテのふんわりとした味が、野菜のみずみずしさを引き立てる。
野菜が品切れとなり、パテだけでいただいたが、これだけで肴になる。蟹味噌のような風味である。
- 天ぷら
今日の主肴、春の天麩羅である。
- 才巻(車海老)
後にプリプリした海老の身の食感があり、次に海老の甘みが口の中に広がる。海老の天麩羅とはこういうものかと驚く。
筆者には海老天トラウマがある。今は昔、日本に会社の慰安旅行なる物があり、盛大に行われていた頃の話である。場所は、浜松の北にある取引先のホテルの宴会場である。二百名になろうかと参加者が一同に会した大宴会場は、対角線の席は遙か彼方霞んで見えた。まずは一献、ご返杯などやろうものなら、無事な帰還は期しがたい。
着座し、わが前のお膳をみると料理が並べられている。海老の天麩羅がある。
見たところ異常に黄色い衣である。この色はたくあん漬けの色粉の色である。
天麩羅の色は卵と油の淡黄色のはずだが、色素を使うとは訝しい。
口に運ぶと、衣は煎餅のように硬く、エイと歯に力を入れると砕くことは出来るが、一瞬目がくらむ思いがするのである。海老の身はどこにあるか探さねばならぬ程の細さである。是を称して海老天と言うか、これは衣の天麩羅である。
人を寄せ付けない冷たさと硬さは、昨日揚げた物かも知れない。何せ二百人の宴会である。天麩羅も前日から用意しなければならないのであろう。
- 海老頭
揚げたてのアツアツをいただくと、食感の違いに驚く、サックリした衣の海老頭と言っても、筆者がいただいたのは、眼の付いた頭の部分ではなく、脚の出ている胸のところであるが、海老煎餅のようなパリパリとした脚の香ばしさと胸の部分の海老の旨みがベストマッチしていた。
- たらの芽
蕗のとうと合わせ、春の天麩羅である。そのほろ苦さに春の訪れを舌に感じる日本人の感性に頷くばかりである。
- 小玉葱
玉葱の天麩羅は好きである。素材の持つ自然の甘さが美味い。
- 行者にんにく
食べ終わる頃、ニンニクのような香り味わいがある。強烈なニンニク臭。昔、修験道の行者が滋養強壮に食べたという名の通り、身体が元気になる気がする。
- 才巻
再び、車海老の天麩羅の登場である。ひと休みした後、二度顔見せするところが憎い。
某ホテルの海老天と文字で書けば同じであるが、実質は非なるものである。今日のこれらの天麩羅は、当たり前だが二日前から揚げてある物ではない。店主が、揚がる都度、板場から座敷に運び、参加者の皿の上に置いてくれるのである。天麩羅専門店と同じサービスの心配りなのである。美味いわけである。
鮟鱇、河豚、鰻、鱧が専門であるのを忘れてはいけないが、秋刀魚は目黒、天麩羅は安兵衛である。
- 獅子唐、穴子、こごみ、蕗のとう、蚕豆
次々に、揚がる都度運ばれ、いただく方も忙しいのである。
- 留
- 筍御飯
春の菜、筍の炊き込みご飯。まず、色彩が美しい。炊き込みご飯に薄黄の筍、にんじんの赤、エンドウの緑が眼に鮮やかである。口に入れると春の穏やかな旨さが口中にひろがる。
- 赤だし
最後は愛知の赤だしで留め。
天麩羅の様に瞬時を争う料理を提供された店主は大変だったと思われるが、いただいた我々は、美味しく、有難かったのである。
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