T氏から、愛知県酒造技術研究会の松尾大社参拝に参加出来るとのアナウンスがあり、何はともあれ申し込んだ。内容が知らされていないので、一種のミステリー・ツアー参加の気分である。
【集合】
2006年11月25日、天気、晴れ。
集合場所の新幹線名古屋駅南口大テレビ画面前に、定刻より前に到着した。しかし、南口の大テレビ画面がない。場所を聞き間違えたかなと不安になる。駅の外に目をやると、ビックカメラの左側、大きな画面にテレビ番組が映っている、あれかと思い。駅の外に出る。
南口のロータリーは人で溢れかえっている。紅葉の季節である。日帰りバスツアーの集合場所になっているらしく、添乗員、バスガイドがツアーの幟、プラカード、横幕を掲げており、ツアー客はその前に並んでいる。自分のツアーが見つからない人たちは、あれかこれかと探し、肩をぶつけ合い、人の間を縫い歩き回っている。お祭り騒ぎである。
テレビ画面の下にはそれらしき人はおらず、止まっている観光バスの行き先を見ても松尾大社も愛知県酒造技術研究会の文字も見つからない。
お祭り広場に戻り、駅方向に向かうと赤い服のバスガイドが「愛知県酒造研究会」のポスターを掲げているのが目に入る。松尾大社に行くツアーかと確認するとそうだと答える。ヤレヤレである。まだ、誰も集まっていないとのこと。
程なく、T氏が現れ、Mさん、K氏も時間前には集まった。
全員が揃い、バスガイドさんの後について、鴨の親子よろしく、バスまで歩く。
紅葉見物の日帰りツアーのバスが、ロータリーの前には止まりきらないのである。バスは、赤い大型観光バス、岐阜バスであった。
【バスの中で】
西田研究会事務局長(愛知県産業技術研究所食品工業技術センター)が資料を配布される。
- 松尾大社参拝者名簿
26名(9蔵13名、酒造関係業者5社6名、酒販店1社1名、日本酒の会5名、事務局1名)
- 平成18年度愛知県酒造技術研究会資料(事業概要報告・会計報告・新年度事業計画・新年度予算案)
事業は総会、役員会の他松尾大社参拝、講演会、新酒持寄研究会、利き酒競技会が記載されている。
- 昭和60年以降見学場所一覧京都周辺の寺が多い。
総会開始が宣言され、事業活動報告、会計報告がされ、新年度の事業計画および予算が、鋭い指摘もされる中、滞りなく承認された。
参拝終了後の見学先は、松尾大社到着までに衆議・決定することになった。
バスは一路松尾大社に向かい走る。いよいよ、お酒を楽しむ時間となり、各蔵が持参していただいた拘りの酒を、手ずから注いでいただく。
お酒いただきながら、遠山久男研究会会長(「空」の蓬莱泉の杜氏さんでもある)の挨拶が始まる。氏は、この数年、稲武吟醸工房の運営に努力されてきたが、この2月に再び田口本社に戻られたとのこと。また、通い杜氏さんに指導を受け、新たに山廃の醸造に着手されたとのことである(どのような酒が生み出されるのか楽しみである)。
そして、「日本酒の会 sake nagoya」の紹介をされ、”非常に真面目に活動している酒の会であり、今日参加していただいた。”とありがたい言葉を頂戴した。
参加者の自己紹介が始まる。我々、日本酒の会メンバーもマイクを握り、挨拶をさせていただいた。
蔵の方以外に、酒造関係会社の社員もおられた。「もやし屋さん」、種麹の業者さんである。酒造器具販売会社、薬剤会社(酵素)など素人の我々は初めてお聞きする話で、このような体験が面白いのである。
バスの最前列には、会長さんと事務局長さんが座り、次には、参加者の長老グループである東春酒造(東龍)の大倉氏、盛田(株)の橋本氏、その後ろに山盛酒造の山盛社長が座っておられる。
大倉氏が立って、松尾大社参拝の歴史について説明をされた。
- 通いの杜氏さんの参加者が、今年初めてゼロになったが、この会は元々、愛知県杜氏組合として発足し、昭和33年以来連綿として、続いてきている。
- 愛知県杜氏組合の活動が評判になり、全国から話を聞きに来たり、愛知に習って杜氏組合を作る県もあったが、その後消滅したり、2つに分裂したり、長い歴史の中で昔のまま元気なのは愛知県だけである。
- 当時の酒造業者数は、現在の3倍もあり、松尾大社の参拝の参加者も多く、観光バス1台では足りなくて、その後ろに乗用車を連ねて行ったものである。
- 昔は、種麹屋さんの接待で京都の料亭で丸抱えのご馳走になったりした良き時代もあった。
- 高速道路も無い時代は、前日の夜、出発し、松尾大社に夜明け前に着いたが、火の気が無く、凍えそうで仕方なく、酒で寒さを凌いだが、お祓いを受ける頃にはできあがって、ベロベロであったこともある。
- その後、一泊旅行になったりし、あちらこちら観光もしたが、越後杜氏は関西の旅行は喜んだものだった。
- 長い歴史の中で、松尾大社の参拝だけは一度も欠かしたことがない。
- 昔の杜氏は一刻な人がおり、自分の醸した酒しか絶対に口にしない人がいた。気難しい人も多かった。
- 昔の記録は、家に残してあるので、探せば見つかるかもしれない...。
長老さん達のすぐ後ろに、筆者は座ったために、長老の会話をお聞きしたり、直接お話しすることも出来たのは幸いであった。
- 今年の愛知県の酒造業者は約50社、その内、実造しているのは45社。昭和33年当時の1/3である。
- 工場の杉の枝をはらい、すぎばやしを作成した。
- 昔の杜氏は頑固者がおり、税務署と問題を起こし、税務署の役人からあの杜氏は変えろと言われた事もある。杜氏は、税務署も蔵元も誤魔化すようなことがあった。特に、粕割合については色々なことがあった。
- 大倉氏は愛知学院大学の「日本酒と文化」の講義も担当されたとのことである。シラバスを教えていただいたが興味深いテーマが並んでいる。
人間と酒、醸造学、酒類の分類、酒の歴史、清酒醸造法、清酒の品質、酒を造る人々、清酒以外の酒、酒と健康、酒と文学、酒と社交儀礼、飲酒文化、酒の常識、飲む以外の酒、酒雑学。
一度、講義を受けてみたいものである。
また、大学とは別に、私塾の「日本酒塾」を10年以上開催してこられているそうである。日本酒の会で話をしてもいいよとお話しいただいた。実現したいものである。
【車中の酒】
参加蔵さんが持参していただいた拘りの酒をいただくことが出来るのはこの参拝の一つの柱である。
ラベルの貼っていない酒もあり、ラベルがあっても注いでいただけるので、ラベルの内容は見えない。従って、スペックの詳細は報告できないが、記憶にある
印象だけを報告する。
- 大倉長老(東春酒造東龍)の持参酒
「笹にごり」とのことで、おりがらみの酒である。おりがらみの酒は新酒搾りたてに多く、発泡感と活気のある酸味の味わいのものが多いが、この笹にごりは、新酒搾りたてのような発泡感はなく、酸味は厚くなく、スッキリしており、古酒なのかもしれないが、後味に苦味は無く、キレがよい。いくらでも飲めそうな気にさせる酒であった。長老の「なかなかそこらでは飲めない」との言葉も頷けるものであった。
- 東春酒造の若い安藤杜氏の持参酒
大倉長老が味見して、苦渋がないから良いだろうとお墨付きがでたとのこと。豊かな酸味の広がりを感じる旨い酒。吟醸酒の苦渋は、プロも気にするポイントである事が理解できた。
- 秋田屋さん持参の東龍大吟醸
秋田屋さんで8年熟成させたものとのこと。熟成が進み酸がこなれて薄く枯れた印象である。
- 山盛酒造さんの持参酒
爽やかなリンゴ酸の世界、後味に苦渋は無く、スッキリしている。
- 関谷醸造さん持参蓬莱泉
酸がベースにあるが透明な世界。
- 山崎合資会社さんの持参酒尊皇純米吟醸
香り高く、厚みのある味があるが、後味が尾を引かない。
それぞれ貴重な酒を味見させていただきありがとうございました。
【松尾大社】
酒をいただき、話が弾む中、バスは紅葉シーズンやら交通事故の渋滞のため遅れながらも目的地の松尾大社に到着した。
赤いバスを降り、赤鳥居をくぐると、楼門、拝殿、本殿と続く境内になる。
松尾大社は京都市西京区嵐山に所在し、洛西の総氏神様であり、京都市西京・右京区のほぼ全域、下京・南・北区の一部、約十万戸の氏子の崇敬を集めている。
また、古より現在に至るまで醸造の祖神として全国の醸造関係者が参拝に訪れている。
起源は、文武天皇の大宝元年(西暦701年)、勅命により秦忌寸都理が山麓の現社地に神殿を営み、松尾山の磐座に祀られていた神霊を遷座し、知満留女という斎女が奉仕したのが始まりとされている。
御祭神は大山咋神(おおやまぐいのかみ)と中津島姫命(なかつしまひめのみこと)。大山咋神は近江国の比叡山と松尾山を支配される神であったと伝えられ、中津島姫命は、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)の別名で、福岡県の宗像大社に祀られる三女神の一神として古くから海上守護の霊徳を仰がれた神様とのことである。