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和醸良酒 2007年3月7日(水)22:00~24:00

 

今回の東京出張の目的は、仕事ではなくある日本酒専門店の居酒屋へ行くことである。
この居酒屋は親子2人で切り盛りをしているが、多いときには1日に一升瓶が20本も空になるという。客は殆どが常連であり、全国の蔵元が立ち寄ることも少なくはない。この居酒屋の存在は極秘事項として扱われ、蔵元や常連の紹介なくして、この場に足を踏み入れることは至難の業である。今回ようやく念願が叶い、この日本酒の聖地に足を踏み入れることができたのである。

電話で岐阜「房島屋」の紹介と断りを入れ、明後日予約をしたい旨を伝えるが、今週は既に満席であり、予約はできないとの返事。想定外の答えに思わず意気消沈する。
実は、明日から1泊2日で名古屋から東京出張する際に店に立ち寄りたかった旨を告げると、気の毒に思ったのか明日ならと返事を貰う。明日は取引先と一席ある予定だが、背に腹はかえられないので22時に予約を入れる。

翌日18時半頃、仕事の取引先に誘われ神田のふぐ料理屋で一杯やっていたが、頭の中は早く席を立ちかつ万全な体調を維持することしか考えていない。
しかしながら、そう言う時に限って思いどおりには行かないものである。普段ならビール一辺倒の上司がここぞとばかりに日本酒に徹する。加えて、取引先も私が日本酒好きであることを知っているらしく、気を使いどんどん日本酒を注文するのである。ならばこちらも応戦して必要以上に取引先に酌を進め、どうにかして早く席を立とうと試みたのである。努力の甲斐があったかは定かではないが、左腕の時計の針は21時を過ぎており、急いで神田駅に向かう。

店は最寄りの駅から歩いて1分程の処にあるが、土地勘がないことに加え酔いが手伝ったこともあり、なかなか辿り着くことができない。ようやく店を探しだし、入口の引き戸を引く。
22時過ぎとは思えない賑わいである。一つのテーブル以外はまだ満席状態であり、空いているテーブルに通される。テーブルの上には食器類が煩雑に置かれたままであり、先程まで客が居たことを物語っている。
完全に店の雰囲気に呑まれながらも周囲を見渡す。すると、壁には酒の神様である「松尾大社」が祀られているのをはじめ、全国の蔵元の前掛け、A4サイズの用紙に銘柄、産地、および一口コメントが書かれた日本酒メニューが所狭しに貼ってある。悔しいがこんな居酒屋にはお目に掛かったことはなく、羨望の眼差しで物思いに耽る。
すると、暫くしてから一人の女性が同じテーブルに座る。店の息子との会話を聞く限り、どうも常連らしい。「よくいらっしゃるのですかっ?」と声を掛ける。やはり常連で週に一度はこの居酒屋に足を運ぶらしい。間髪を入れずに、今度は一人の男性が女性の目の前に座る。女性から旦那であると紹介される。
普段から独酌の小生にとっては、夫婦で一杯など皆無であり、羨ましい限りである。
暫くすると、この店に来たら真っ先に注文をしようと頼んでおいた肉じゃがと「美和桜」がテーブルに運ばれる。
肉じゃがと言えば、じゃがいも、牛こま切れ肉、玉葱、にんじん等が一般的であるが、ここのは、じゃがいもと豚のミンチのみであり、片栗粉でとろみがつけてある。ボリュームも満点でとても一人では食べきれないことから、同じテーブルに座る常連の夫婦と箸を交えることにし、それからはお互いが注文する日本酒や肴を、楽しい会話を交えながら口に運んでいく。
途中、常連の夫婦がチェイサーとして水を頼む。すると、テーブルに「大信州」のラベルが貼られた一升瓶が置かれる。この居酒屋で和らぎの水と言えば、造り酒屋の仕込み水が一升瓶に詰められ、未開封の状態で出てくるのである。一升瓶に貼られた「大信州仕込み水」のラベルが、和らぎの水に威厳と風格を与えている。
また、日本酒の提供の仕方もなかなか粋である。いろいろな銘酒を呑んで貰いたいと言う店側の配慮からか、一合または五勺で呑むことができる。五勺の場合はロックグラスのホワイトマーカーの印まで、一合の場合は、広島「富久長」から譲り受けたボルドータイプのレトロな透明瓶で、テーブルに運ばれる塩梅である。
巷の居酒屋では、一合と謳いながらもその殆どが七から八勺程度に見積もられることが多い中、このレトロな瓶はきっちり一合あることを物語っている。
更に驚くことに、常連が肴を注文すると、それに合う日本酒を数ある銘酒の中から選び肴に合わせ、冷や、常温、お燗など、あらゆる温度帯で提供してくれるのである。
結局、酒は「美和桜」、「たてのい」、「奈良萬」、「天遊林」、「獺祭」、「宝剣」、「天の戸」、「鶴齢」、「大那」、「天保一」など、肴は肉じゃが、手羽先、牡蠣のマリネ、刺身の盛り合わせを食した。
本来であれば酒と肴の相性ならびに酒の醸造年度、酒造好適米、精米歩合、日本酒度、醪日数等、もっと詳しく伝えるべきではあるが、下手な説明で店の沽券に傷を付けてもいけないことから、今回は割愛することにする。
訳あって、この居酒屋の詳細については触れることはできないが、酒、肴、接客、雰囲気、そして常連、どれを取っても超一級品である。
やはり良い酒がある処には良い仲間が集まり良い和が広がるものである。これぞ造り手の顔が見える日本酒の世界「和醸良酒」である。

最後に、今回知り合った常連のご夫婦には、携帯で「最終電車による神田のホテルへの帰り方」まで調べて頂き、本当にお世話になった。
名古屋へお越しの際は、是非ご連絡下さい。楽しみにお待ちしております。

(報告 レッドスター)